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フェイクニュースの研究

ヒューモニー特別連載5

第7回 お金のために生み出されるフェイクニュース

2022年09月02日 掲載

筆者 山口真一(やまぐち・しんいち)  

フェイクニュースが生み出される背景には、「儲かるから」という経済原理がある。2016年の米国大統領選挙では、マケドニアの学生が広告収入を得る目的で大量のフェイクニュースを作っていた。アテンションエコノミーの中で、様々なメディアが公共性ではなく商業性に傾いている現実がある。

お金のために生み出されるフェイクニュース

フェイクニュースはそもそもなぜ生み出されるのだろうか。例えば、熊本地震の時に「動物園からライオンが逃げた」という投稿をして書類送検された人がいたが、彼はネタで面白いと思ってやったのだろう。また、芸能人などの根も葉もない噂が広まるのは、多くの場合思い違いを基としており、こうしたものも少なくない。さらに、マスメディアが誤ることもある(いわゆる誤報)。

しかし、何らかの意図を持って作成された偽情報(disinformation)の多くは、経済的動機によって作成されている。要するに、お金のためである。

2016年の米国大統領選挙では、米国から9,000km以上離れた東欧の小国(マケドニア共和国)に住む学生が、大量のフェイクニュースを作成していたことが分かっている。少なくとも数百人の住民がフェイクニュース作成に携わり、100以上の米国政治情報サイトが運営されていたようだ。そしてそのフェイクニュースの多くが、ドナルド・トランプ前大統領の支持者に向けたものであった。

なぜ、このように米国と全く関係のなさそうな国の学生がそのようにフェイクニュースを作成していたのだろうか。彼らは政治的立場から、遠い米国でトランプ氏を勝たせたかったわけではない。彼らの狙いは、記事の作成・拡散による莫大な広告収入にあったのである。

彼らは、米国の右翼系ウェブサイトなどから、完全に剽窃したり、寄せ集めたりした情報に扇動的な見出しを付けて公開し、拡散を狙っていた。特に右翼ネタほど拡散されやすいことから、トランプ氏を擁護するようなフェイクニュースが大半を占めたということである。数か月で親の生涯年収分稼いだ者もいるようだ。

ある家族では、17歳の男子高校生がフェイクニュースを作成して両親の年収を超える多くの収入を得ていた。罪の意識がないのか尋ねると、クラスメイトの約4割がフェイクニュースを作成しているといい、その母親も「お小遣いをあげなくて済んで家計は助かっていますし、息子にはもっと頑張って欲しい」と述べたようである。

失業率が約3割と、日々の生活も苦しいマケドニアの若者にとって、フェイクニュースによる収入はあまりに魅力的である。彼らは、「天井知らず」などの極端な言葉を使うことや、時差を考慮して投稿するなどの工夫を凝らし、米国大統領選挙以外でも多くのフェイクニュースを作り続けている

日本でも同様だ。例えば、「韓国旅行中の日本人女児を暴行、犯人が無罪に」というフェイクニュースがネットメディアで流れたことがあった。このデマ記事を作成した人は、「日本で韓国ネタは拡散されやすいから」「お金が欲しかった」という理由で、韓国関連の排外的な記事を作成していたと取材に答えている

アテンションエコノミーとフェイクニュース

このように経済的動機からフェイクニュースが多く生み出されるようになった原因として、インターネットの普及がもたらしたアテンションエコノミーがある。アテンションエコノミーとは、「関心経済」のことで、情報が指数関数的に増加してとても人々が読み切ることができない時代において、情報の質よりも人々の関心をいかに集めるかが重視され、その関心や注目の獲得が経済的価値を持って交換財になるということを示す

心理学・行動経済学では、人間の思考モードにはシステム1(速い思考)とシステム2(遅い思考)があるとされる(二重過程理論)。

システム1は直感や経験に基づく無意識の(自動的な)思考であり、速く思考できるために多くのものに反応できる。対して、システム2は状況を理解したり考えたりといった熟慮による思考を指し、集中を必要とするため同時にすることができない。また、システム2には、通常は自動化されている注意や記憶の機能を補完して、システム1の働きを調整する機能が備わっているとされる

アテンションエコノミーでは、システム1を刺激することが重要である。なぜならば、利用者の熟慮を伴わない自動的な反応がPV(ページビュー) やエンゲージメントといった収入に直接結びつくためである。システム1は速く、次から次へと思考できるものなので、システム1ばかりを刺激するのが効率的だ。

それが分かりやすく形になっているのが、インターネット広告とPV至上主義である。インターネットの普及により、広告収入を軸としたウェブサイトが大量に生まれた。そのようなウェブサイトにとって一番重要なのが、PV数を稼いで少しでも多くの広告収入を得ることである。

広告収入のカウント方法としては、PV数に応じたもの、広告クリック数に応じたもの、実際に広告先で購入した数に応じたものなど様々あるが、いずれの場合もいかにして自分のウェブサイトに人を呼び込むかがカギになる。その時に重要なのが、情報の質よりも、「人々の関心を多く惹く」こととなるわけである。

「媒体単位」ではなく「記事単位」で情報を見る時代

加えて、誰もが簡単にメディアを創設できる現代では、既存のマスメディアと大きく異なる原理で記事が作成される。どういうことかというと、例えば新聞などのマスメディアの媒体は、消費者からメディアを選ばれる競争があるために、メディア自体の「質」を向上させて顧客を増やす必要がある。例えば、1社がフェイクニュースばかり垂れ流していたら、誰もその会社の新聞は購読しなくなるだろう。

しかしインターネット記事はそうではない。人々は媒体でニュースを読むというより、検索エンジンで検索したり、SNSで拡散されたりしている記事を見て、記事単位で閲覧する。その情報ソースがどの会社なのかは二の次である。

そのような場合は、質の高い情報を発信してメディアとしての信頼度を高めるよりも、センセーショナルな見出しを付けてSNSでシェアされやすい記事にしたり、検索サービス対策をして記事が検索の上位に来るように工夫したりしたほうが短期的に儲かる。その結果、人々の目を引くように工夫されたフェイクニュースが量産されるのである。

問われるマスメディアの公共性と商業性:アテンションエコノミーの中で

前述したような経済的動機は、一部のネットメディアや個人の発信だけが関わる問題ではない。そもそもインターネットが普及する前から、マスメディアは「公共性」と「商業性」のバランスを考えてきた。

マスメディアには公共性が求められ、バランスよく様々な情報を正確に報じることが期待される。しかし同時に民間企業なので、商業性も求められる。多くのマスメディアは広告収入と購読料を軸としているため、より多くの人に自社のメディアを読んでもらう必要がある。

インターネットがもたらしたアテンションエコノミーは、この「公共性」と「商業性」のバランスを崩しつつある。情報過多になっているこの時代に、少しでも他社より注目されることが収入につながるため、多くのマスメディア・ネットメディアが見出しでインパクトを出そうと躍起になっている。

アテンションエコノミーの果ての非実在型炎上

その結果、SNSでシェアされやすいような極端なタイトル(ともすれば本文と整合性が取れていない)ものが目立つようになってきた。「非実在型炎上」もその典型例の1つだろう。これは、ほとんど批判のついていないものを「炎上している」と報じて話題になることを狙う手法である。

例えば、2020年4月26日の人気アニメ「サザエさん」放送において、磯野家がGWにレジャーに行く計画を立てたり、動物園を訪れたりしたという内容が流れた。時期がコロナ禍であったため、これに対して「コロナで自粛の中、GWに出掛ける話なんてサザエさん不謹慎過ぎ!」などの批判が付き、炎上したという記事が、スポーツ新聞であるデイリースポーツよりネット配信された。タイトルは「「サザエさん」がまさかの”炎上”…実社会がコロナ禍の中でGWのレジャーは不謹慎と」であった。

この件が報じられて以降、むしろ前述のようなサザエさんへの批判に対する批判の投稿が相次いだ。「フィクションまで自粛しろというのか」「こんなことを本気で言っているならヤバい」などの声が多く投稿されたのである。さらに著名人にもこうした批判に対して苦言を呈する人が現れ、それが拡散、多くのネットニュースサイト・まとめサイトが記事として取り上げるに至った。

確かに、アニメの登場人物がGW中に外出しようとしただけで「不謹慎」と指摘されるのは、非常に窮屈だと感じられる。しかしながら、東京大の鳥海不二夫教授がツイートを分析した結果、サザエさんが放送されてから最初にデイリースポーツで取り上げられるまでの数時間で「不謹慎だ」と言って批判していた人は、「たった11人」しかいなかったことが分かった

たった11人の批判で炎上が発生し、さらにその炎上に対する批判がこれほど盛り上がるというのは、不可解な話である。しかし現実にツイート数が急増していたことは、Yahoo!リアルタイム検索で見たツイート数推移からでも明らかである(図1)。

図を見ると、サザエさん放送時にはほとんど投稿されていなかった「サザエ 不謹慎」を含むツイートが、最初にメディアで報道されてから急増し、さらにその後インフルエンサーがそれらの記事に言及したことで、瞬く間に広まっていったことが分かる。

図1 「サザエ 不謹慎」のツイート数推移(最大値を100とした指標)出典:山口真一(2022)『ソーシャルメディア解体全書』、勁草書房

非実在型炎上の背景にあるのも、結局のところ経済的動機である。炎上というタイトルを入れることで話題性を狙い、PV数を稼ぐわけだ。実際、この記事は話題となり、著名人を含む多くの人が言及したため、広告費という観点からは成功といえるだろう(ただし、前述の鳥海氏の指摘を受け、記事タイトルは「「サザエさん」実社会がコロナ禍の中でGWのレジャーは不謹慎との声も」に変更された)。

特に新興ネットメディアにはこのような記事を量産する媒体が少なくないが、マスメディアに至っても散見されるのが現実である。

『ソーシャルメディア解体全書』(勁草書房)

■ヒューモニー特別連載5 フェイクニュースの研究

写真/ 山口真一
レイアウト/本間デザイン事務所

筆者

山口真一(やまぐち・しんいち)

国際大学グローバル・コミュニケーション・センター准教授

1986年生まれ。博士(経済学・慶應義塾大学)。2020年より現職。専門は計量経済学。研究分野は、ネットメディア論、情報経済論、情報社会のビジネス等。「あさイチ」「クローズアップ現代+」(NHK)や「日本経済新聞」をはじめとして、メディアにも多数出演・掲載。KDDI Foundation Award貢献賞、組織学会高宮賞、情報通信学会論文賞(2回)、電気通信普及財団賞、紀伊國屋じんぶん大賞を受賞。主な著作に『正義を振りかざす「極端な人」の正体』(光文社)、『なぜ、それは儲かるのか』(草思社)、『炎上とクチコミの経済学』(朝日新聞出版)、『ネット炎上の研究』(勁草書房)などがある。他に、東京大学客員連携研究員、早稲田大学ビジネススクール兼任講師、株式会社エコノミクスデザインシニアエコノミスト、日経新聞Think!エキスパート、日本リスクコミュニケーション協会理事、シエンプレ株式会社顧問、総務省・厚労省の検討会委員なども務める。