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ニューノーマル時代の大学

ヒューモニー特別連載2

第1回 リモート授業で何が変わった?

2020年07月10日 掲載

筆者 渡邊隆彦(わたなべ・たかひこ)  

「なんでこんなに出席率が高い!?」 大学でリモート授業が始まって2か月。学生の生の声からその理由を渡邊隆彦准教授が読み解く新連載第1回、開講!

今年4月、コロナ禍により大学はキャンパスへの学生の立ち入りを禁止し、新年度の授業は5月の連休明けからリモートでスタートしました。5月12日のリモート授業初回。いきなりびっくりすることが起きました。

履修登録者およそ160名のうち、欠席者は1名だけだったのです。

従来の対面型授業の場合、私の同規模講義での例年の傾向は、初回の出席率が7~8割、1か月経過すると6割前後に低下する、というものでした。リモート授業では、1か月経過した6月前半になっても、出席率は9割前後をキープしています。

もちろんウェブでの授業ですので、ログインしただけで寝ている学生もいることでしょう。でもこれは、教室でも寝ている学生がいるのと同じことです。授業開始時間にパソコンやスマホに大多数の学生がわざわざアクセスしたということは、大きな驚きでした。

何が起きているのか?

何が起ころうとしているのか?

金融界においては、FinTech(金融=Financeと新技術=Technologyを融合して新たな価値を生み出すイノベーション)によって、決済・預金・貸出・資産運用といった金融機能のアンバンドリング(分解)とリバンドリング(再編)が起きています。大学教育においても、EdTech(Education+Technology)によって機能の分解と再編が起こるかもしれない…。

この連載では、「リモート授業で現場では実際何が変わったか」をお話しし、「そもそも大学とは何か、何をするところなのか」を再考・再定義していきます。大学教育に関係する皆さん、大学に興味を持つ皆さんの「気づき」や「思考を深めるヒント」に少しでもなればと思っています。

さて、授業開始から約10日たった5月20日、ゼミナールの学生(3年生10名)に対し、リモート授業を1週間受けてみて感じた良い点・悪い点について、一人ずつ本音で詳しく語ってもらいました。意外なコメントがいくつもあり、私の思考も刺激されました。では、まずリモート授業へのポジティブコメントから見ていきましょう。

【リモート授業に対する学生からのポジティブ評価】

①通学時間がかからず、とくに朝が楽。ギリギリまで寝ていられるのがありがたい。化粧も着替えもしなくて良いのが助かる。

この「楽ちんでうれしい!」的コメントは、ポジティブ評価の中でダントツ多数を占めました。まったく最近の若者は何でもかんでも面倒くさがって…と愚痴りたくもなりますが、都心の大学の学生は最近ではキャンパス周辺に住む下宿生が少なくなり、関東近県の自宅から2時間ほどかけて通学する者も多いので、むべなるかなという感じがします。

②空き時間が無駄にならず、有効活用できる。家で自分の好きなことができて良い。

大学の時間割は、各学生が希望する授業を履修するシステムなので、たとえば「火曜は1時限目と3時限目だけに授業が入っているので、2時限は空き時間」ということが頻発します。これは私の学生時代も同じでしたが、当時の私は空き時間に喫茶店で仲間とだべるのを楽しんだものです。ビフォー・コロナの頃から、今の学生たちは学生食堂で一緒に坐っていながら、めいめい自分のスマホでゲームをやっていましたから、「ひとりで時間をつぶす」志向が強い、ということなのでしょう。

③オンデマンド再生型(YouTube型)授業の場合、動画ファイルや音声ファイルを自分のペースで再生できるので、対面授業よりも理解を深めることができる。まどろっこしい箇所は早送りし、1回でわからなかった箇所は繰り返し再生することで、効率よく授業内容を理解できる。

まじめな学生からのコメントです。こういう「王道コメント」に接すると、われわれ教える側の人間はホッとします。

大学のリモート授業は「オンデマンド再生型(YouTube型)」と「実況生中継型」の2つに大別され、各教員の好みで行われます。オンデマンド再生型授業は、学生が好きなタイミングで受講でき、何度も繰り返し再生ができます。

2012年ごろ、MOOC(Massive Open Online Courses:大規模公開オンライン講座)がアメリカや日本の一部でブームになった時に言われたメリットがこれです。

付言すれば、オンデマンド再生型授業のメリットは、学生が個々のペースで学習できることに加え、「多くの学生が早送りした箇所」や「多くの学生がつまずいて繰り返し再生した箇所」を教える側が統計的に把握し、その授業コンテンツを改善できる点にあります。教員側で、早送りが多数発生した箇所は簡潔な表現に修正する一方、繰り返し再生が多発した箇所は丁寧でわかりやすい説明を追加挿入するなどして、オンライン・コンテンツをより良いものにしていくということです。

もっとも、こういった学生の利用状況からのフィードバックデータを技術的に処理できるネットインフラが整備された大学は、日本ではまだ少数と思われますが…。

大学教員としてもっと欲張ったことを言うと、こういった「自分のペースで勉強したい」学生には、本(特に専門書)を使っての独学に挑んでくれる可能性を感じます。

読み飛ばしたり読み返したりが自由自在にできる「本」こそが、自分のペースで学ぶことができる究極の教材です。書籍離れを言われて久しい学生たちの一部にでも、書物で勉強するモチベーションを与えたいな、と思います。人生100年時代を生きていく学生諸君が、自分の将来を切り開くべく大学卒業後も学びを継続するよう、背中を押してあげたいというのが私の思いです。④授業中に出された課題に主体的に取り組める。他の学生が何をやっているのか気にならないし、相談し合うこともできないので。

最近の学生は他の学生(同級生)の状況(レポートの進捗状況にしても就活状況にしても)をやたらと気にするんだな、とは以前から感じていました。横並び教育を受けてきたからなのか、はたまた自分自身への集中力が足りないからなのかはわかりません。

が、こうした学生たちにとって、「ひとりぼっちの環境」はむしろプラスなのだと気づかされ、個人的には少し寂しい気持ちもします。

と同時に、リモート授業であっても従来型の対面授業であっても、自分(教員)と多数の受講生の関係は同じ「1対多」の関係だ、という私自身のとらえ方は間違いであり、その「多」の中の個々の学生間に「仕切り板」が入り込んできた点が、ウィズ・コロナのリモート授業における関係性の特徴なのだと認識させられました。

そういえば、馴染みのラーメン屋の親父さんが、営業再開にあたって飛沫感染防止のため、座席の間に「仕切り板」を入れることになり、「これじゃ一蘭だねえ」と言っていました(意味が分からない方は「天然とんこつラーメン専門店一蘭」を検索してください)。

⑤学生同士の私語が発生しないので、授業が円滑に進む。

「私語」は授業進行の妨害要因のひとつです。私はビフォー・コロナの対面授業では、私語をしている学生は厳しく説諭のうえ教室から退出させていました。まじめな学生にとって、他の学生の私語が迷惑であることを再認識しました。「仕切り板」が学生間に入り込んだリモート授業では、学生間の私語は物理的に成立しようがありませんので、この点ではめでたしめでたし、ということでしょうか。⑥授業中におなかがすいて集中できなくなることが多かったので、リモート授業ではものを食べながら受講できてうれしい。

トホホなコメントその1。ビジネス社会では、テレワークに伴うウェブ会議での「デジタル・マナー」や「デジタル・ドレスコード」が話題になっています。あまりうるさく言うのもどうかと思いますが、私の世代の人間からすると、リモート授業においても師(教員)と接するからには一定のマナーが必要なのでは、と最初は感じました。とはいえ、私自身もかつてNHKのラジオ英語講座を食事しながら聴いていましたので、よくよく考えれば、目くじらを立てる話ではないのでしょう。食べ物の匂いが漂うわけでもありませんし。

⑦対面型の授業では、やってはいけないと思っても、どうしてもスマホをいじってしまっていた。ところが、リモート授業ではスマホ画面で受講することになり、スマホで遊べなくなってしまい、逆に授業に集中できる。

トホホなコメントその2。このコメントを聞いたときには一瞬絶句しましたが、よく考えてみると実に示唆に富んだ発言です。トホホなコメントほど、思考を刺激してくれます。

ひとつには、授業におけるスマホいじりの禁止に関する示唆です。「スマホいじり」は私語と並ぶ、授業進行の妨害要因です。

ビフォー・コロナの対面授業では、私も講義中に適宜教室内を巡回し、スマホいじりに対し厳しく注意をしていました。ひとりの学生がスマホで遊んでいるのを黙認してしまうと、他の学生も「スマホをいじってもいいんだ」と判断してしまい、教室内で次々にスマホいじりが伝染し、結果として誰も授業を聴かない状況が生まれてしまうのです。「一軒の建物の窓が割れているのを修理せずに放置しておくと、それが『その地域の治安・環境に誰も関心を払っていない』というサインとなり、やがて他の窓も壊され、地域全体が荒廃する」というBroken Windows Theory(割れ窓理論)が説く帰結です。

これに対し、学生のスマホを授業コンテンツで埋めてしまって他のことに使えなくしてしまうという発想は、毒をもって毒を制すというか、対決相手の剣豪の内懐に飛び込んで相手の必殺剣を封じるというか、とにもかくにも「物理的封殺」のパワーを感じさせます。

ビジネス界での話として、社内システムへのコンピュータウィルスの無自覚な持ち込みを防ぐため、会社のパソコン端末への私物USBメモリの挿入を禁止した組織の話を聞いたことがあります。いくら禁止しても、データを移すのに便利なためUSBメモリの使用が横行していたのですが、会社の端末をすべて「USBポートを物理的に塞いだ特注パソコン」にしたことで、(当然ですが)USBメモリの挿入を皆無にすることができたそうです。

対面授業再開後も、授業中に学生に示す資料をプロジェクター投影ではなく、あえて学生のスマホに送出して見てもらう、という物理的封殺法が有効かもしれません。

もうひとつの示唆は、「非言語コミュニケーション」の重要性を私自身が過大評価していた可能性です。

ビジネス界でコミュニケーションについて語られるときによく出てくるのが、「メラビアンの法則(アメリカの心理学者アルバート・メラビアンが行った実験に関する俗流解釈と言われる)」です。人がコミュニケーションを受け取る時には、話の内容などの「言語(Verbal)情報」が7%、口調や話の早さなどの「聴覚(Vocal)情報」が38%、見た目や表情、身振り手振りなどの「視覚(Visual)情報」が55%の割合であり、非言語コミュニケーション、特に視覚に訴えるコミュニケーションの重要性を説くものです。

私は、ビフォー・コロナの対面授業においては、話す内容を充実させるのはもちろんですが、視覚への訴えかけも相応に重視し、身振り手振りを交えながらしゃべり、話の転換点では教壇上での立ち位置を変えるなど、受講生の注意を引こうとしてかなり暑苦しい(?)スタイルで教えていました。しかし、こうした視覚情報が切り捨てられたリモートでの実況中継型授業のほうが集中できる、という学生からのコメントは、私の身振り手振りは「空回り」だった可能性を示しています。(注:実況中継型授業では、画像としては講義資料を映しており、情報の送り手=教員の姿は映していません。)

後講釈になってしまいますが、研究会やセミナーにおける情報の受け手(聴講者)としての私は、講演者の大げさなアクションをうるさく感じていましたし、最近のウェブセミナー(Webinar)のように資料を見ながら講演者の声だけを聴いている時のほうが、話の内容が頭に入りやすいと感じています。

大げさなボディランゲージはアメリカの専売特許であり、東海林太郎が直立不動で歌う「赤城の子守唄」に私たち日本人が魂を揺さぶられていたのはつい50年ほど前のことです。

メラビアンや東海林太郎は横に置くとして、情報の送り手としての私自身はリモート授業を機に、言葉自体が持つ力を再認識し、授業では平易で簡潔な言葉・表現を選び、わかりやすい話し方をすることに注力したいと思います。

以上が、「リモート授業へのポジティブ評価」です。これに対して、ネガティブ評価にはどのようなものがあったのでしょうか? 学生は、トータル的に対面授業とリモート授業のどちらに軍配を上げたのでしょうか? その結果をわれわれ大学関係者はどうとらえればいいのでしょうか? …次回綴りたいと思います。
(構成/鍋田吉郎)

*大学と一口に言っても、実験や実習が欠かせない工学系・医薬系や、実技が不可欠の体育系・芸術系、また人文科学系でもフィールドワークが必須の分野など、事情は様々です。本稿は、講義とゼミナールを主軸に置く人文科学系の教員から視たものとご理解ください(筆者より)。

連載第2回「学生はリモート授業に賛成? 反対?」(7月17日掲載予定)

鍋田吉郎(ライター・漫画原作者)

なべた・よしお。1987年東京大学法学部卒。日本債券信用銀行入行。退行後、フリーランス・ライターとして雑誌への寄稿、単行本の執筆・構成編集、漫画原作に携わる。取材・執筆分野は、政治、経済、ビジネス、法律、社会問題からアウトドア、芸能、スポーツ、文化まで広範囲にわたる。地方創生のアドバイザー、奨学金財団の選考委員も務める。主な著書・漫画原作は『稲盛和夫「仕事は楽しく」』(小学館)、『コンデ・コマ』(小学館ヤングサンデー全17巻)、『現在官僚系もふ』(小学館ビックコミックスピリッツ全8巻)、『学習まんが 日本の歴史』(集英社)など。

■ヒューモニー特別連載2 ニューノーマル時代の大学

写真/ 渡邊隆彦
レイアウト/本間デザイン事務所

筆者

渡邊隆彦(わたなべ・たかひこ)

専修大学商学部 准教授

1986年東京大学工学部計数工学科卒、92年MIT経営大学院修了。三菱UFJ銀行(現)にてプロジェクトファイナンス、デリバティブ開発・トレーディング、金融制度改革、投資銀行戦略、シンジケートローン業務企画、IFRS移行プロジェクト等を担当後、三菱UFJフィナンシャル・グループ コンプライアンス統括部長、国際企画部部長を歴任。2013年4月より専修大学にて教鞭を執る。専門は国際金融、企業ガバナンス・コンプライアンス、金融規制・制度論、ファイナンス論、金融教育。国際通貨研究所客員研究員。