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ポストコロナのIT・未来予想図

ヒューモニー特別連載3

第26回 デジタルとグリーン

2021年03月10日 掲載

筆者 山岡浩巳(やまおか・ひろみ)  

「デジタル」と並んで今やバズワード(流行語)となっている「グリーン」だが、両者は今後、ますます関係を深めていくことが予想される。元日銀局長の山岡浩巳氏が解説する。

 このコラムで一貫して取り上げてきた「IT」、「デジタル」と並んで、今や大流行語となっているのが「グリーン」、「ESG投資」、「SDGs」です。今や、これらの言葉を報道で目にしない日はありません。

そして、これらは今後、デジタルとますます密接に関わっていくと予想されます。

もちろん、デジタル化はそれ自体、紙の削減など「グリーン」と親和性が高い面があります。しかし、より重要なのは、グリーンやESG投資、SDGsの課題を克服していく上で、デジタル技術の貢献が大いに期待されるという点です。地球という複雑系を考えれば、これらの施策を有効なものとしていく上で、デジタル技術による支援は不可欠と言えるでしょう。

「グリーン」の評価

これらの施策がまず直面する課題は、「グリーンやESG、SDGsと喧伝されている各種の取り組みが、本当に地球のために役立っているのか」をいかに検証するのかという問題です。現在、「地球に優しい」、「エコ」などを単に資金集めや販売促進のための宣伝文句として濫用する「グリーンウォッシング」(green washing)と呼ばれる行為が、世界的に問題になっています。この中で、世の中に溢れる「グリーン」の真の効果を評価することが、ますます求められています。

例えば、最近話題の「水素」について、「燃やしてもCO2を出さない」、「宇宙で最も多い元素」といった宣伝文句が頻繁に使われています。しかし、水素は単体の水素分子(H2)としては地球上に天然の状態では殆ど存在しませんので、まず、何らかのエネルギーを使って、新たに水素分子を作らなければなりません。この点は、既に生物の力で何億年もの年月をかけて太陽エネルギーを炭素化合物の中に取り込んでいる石油や石炭と異なる点です。この意味で、水素はあくまで、エネルギーを運ぶ「媒体」と捉えるべきであり、水素自体を燃やす段階でCO2を出さなくても、水素を作る段階でCO2をたくさん出すのでは意味がありません。水素の利用が全体として、これを利用しない状況に比べて地球環境に寄与しているかどうか、包括的に検証する必要があるわけです。このような検証は、LCA(Life Cycle Assessment)と呼ばれています。

この問題は今では広く認識され、最近では、洋上風力などの再生可能エネルギーを使うことで製造段階からCO2を出さない「グリーン水素」、製造段階ではCO2を排出する「グレー水素」、そして、産出されるCO2を回収しながら作られる「ブルー水素」などの分類が行われるようになりました。しかし、製造された水素分子には何ら違いがない中、水素がグリーンか、グレーか、ブルーかを見分けるためには、水素がどこから来たのかをトラッキングする必要があります。このような課題の克服には、デジタル技術の活用がどうしても求められてきます。具体的には、ブロックチェーン技術を用いて、水素を製造地から消費地までトラッキングするサービスなどが次々と登場しています。

水素をトラッキングするサービスの一例©Acciona

それ以外にも、例えば各人のCO2排出への影響などを日々推計するアプリなど、さまざまなデジタルサービスが登場しています。もちろんこの背景には、グリーンやESG、SDGsが大きな収益機会を提供するものと期待されていることも挙げられます。

ESG金融とデジタル

ESG金融にも類似の問題があります。ESG金融とは、人々のお金を、環境や社会問題の解決などに向かわせる金融の仕組みといえます。企業が、ESG重視の姿勢をアピールしながら資金調達を行ったり、「環境投資」など使途を限定する形でグリーンボンドなどの証券を発行します。そして、これらの趣旨に賛同する人々が、そうした資金調達に応じるわけです。ESGやSDGsが世界の注目を集める中、これらの取り組みは、世界の資金を引き付けていく上でも、ますます重要になっています。

この中で課題となるのは、各企業のESGに対する取り組みをいかに評価するのかという問題です。ESGの取り組みの評価は、「収益率」や「自己資本比率」のように算出基準や解釈の方法が確立された「財務情報」ではなく、「非財務情報」に大きく依存せざるを得ません。ESGを専門的に評価する機関もいくつか登場していますが、これらの評価は機関によってかなりバラバラであるのが実情です。

評価機関による評価のばらつき ―FTSEとMSCIの例―

また、「環境投資のため」等、用途を明言して調達される資金が、真にそうした目的に向けられていることをトレースできるようにしたり、そうした情報まで開示している企業を選んで投資していくといった取り組みも重要となります。

この中で、AIなどのデジタル技術は、企業からの一方的な情報発信に頼らずに、企業のESGへの取り組み姿勢をなるべく客観的に評価したり、調達されたお金の使い方をトレースするために活用され始めています。例えば、企業のESGへの取り組みに関するインターネット上の情報を大量に収集しAIで分析する取り組みや、ESG投資の判断におけるAIの活用などが、徐々に進みつつあります。

グリーンは世界のお金の流れや先行きの経済発展を左右

「グリーン」や「ESG投資」、「SDGs」は、グローバルな資金を引き付け、環境対応などを現実に可能にしていく観点からも、また先行きの産業競争力や経済発展を大きく左右し得るファクターとしても、ますます重要になっています。

日本企業には、高い環境対応技術を誇っている企業も比較的多くみられます。しかしながら、ESGの評価機関の多くを海外の機関が占める中、日本企業のグリーンやESG、SDGsに関する取り組みが、世界的には必ずしも十分に評価されているとは言えないように感じます。

この中で日本としても、デジタル技術を活用し、グリーンやESG、SDGsに関する先進的な評価や地球環境への影響の総合的アセスメント、エネルギーや資金使途のトレーサビリティなどについて積極的に取り組み、また、そうした取り組みを世界に向けて発信していくことが求められているように思います。

連載第27回「NBAとブロックチェーン」(3月17日掲載予定)

■ヒューモニー特別連載3 ポストコロナのIT・未来予想図

写真/ 山岡浩巳
レイアウト/本間デザイン事務所

筆者

山岡浩巳(やまおか・ひろみ)

フューチャー株式会社取締役
フューチャー経済・金融研究所長

1986年東京大学法学部卒。1990年カリフォルニア大学バークレー校法律学大学院卒(LL.M)。米国ニューヨーク州弁護士。
国際通貨基金日本理事代理(2007年)、バーゼル銀行監督委員会委員(2012年)、日本銀行金融市場局長(2013年)、同・決済機構局長(2015年)などを経て現職。この間、国際決済銀行・市場委員会委員、同・決済市場インフラ委員会委員、東京都・国際金融都市東京のあり方懇談会委員、同「Society5.0」社会実装モデルのあり方検討会委員などを歴任。主要著書は「国際金融都市・東京」(小池百合子氏らと共著)、「情報技術革新・データ革命と中央銀行デジタル通貨」(柳川範之氏と共著)、「金融の未来」、「デジタル化する世界と金融」(中曽宏氏らと共著)など。