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ポストコロナのIT・未来予想図

ヒューモニー特別連載3

第67回 2022年、デジタル化の課題

2022年01月12日 掲載

筆者 山岡浩巳(やまおか・ひろみ)  

2022年、米中問題や脱炭素化、世界的なインフレ傾向などがデジタル化にどのような影響を及ぼすのか、元日銀局長の山岡浩巳氏が展望する。

毎年この時期になると、「今年の○○の展望」といった記事が世にあふれるわけですが、いきなり「オミクロン株」の感染拡大に見舞われた本年は、それどころではないという雰囲気かもしれません。とはいえ世界には、米中問題や脱炭素化、インフレ傾向などさまざまな動きが生じています。そこで、これらとデジタル化との関わりについて展望してみたいと思います。

米中問題とデジタル化

米国と中国の関係については、しばしば「トゥキディデスの罠」、すなわち、強国に拮抗するもう一つの強国が台頭すれば対立は必至といった文脈で語られます。この見方の是非は別として、今日、米中の問題を考える上で、デジタル化という視点は避けて通れません。

かつての「冷戦」や「米ソ対立」における主な論点は軍事力であり、経済力の面では米ソの間には3倍近い格差がありました。これに対し、現在の米中の問題は、経済問題とより強くリンクしています。中国がこのままのペースで成長を続ければ、中国の経済規模が2030年までに米国を抜くとの見通しが数多く出されています。中国が実際にいつ米国をGDPで上回るかはともかく、近い将来に追い抜く可能性は高いでしょうし、世界には飛び抜けた2つの経済大国が並立する状況となることは確かです。

GDP長期予測出所:Cebr World Economic League Table 2022

ITとデジタル化は、このような2つの経済大国の併存を生む背景になっています。中国が近年、新興国の中で最も積極的にIT技術を取り入れ、人口増加率が低下する下でもデジタル化を通じて高めの経済成長を実現してきたからこそ、今、このような状況が生じているわけです。中国は国内に“BAT”“BATJ”Baidu, Alibaba, Tencent, JD)と呼ばれるような巨大テック企業(ビッグテック)を育て、成長の牽引役に押し上げました。

一方、米国も、成熟した先進国の中にあって、やはりIT技術を取り入れながら高めの成長を実現してきました。現在、世界の巨大テック企業といえば、中国の”BATJ”か米国の“GAFA”、あるいは“GAMAM”Google, Amazon, Meta, Apple, Microsoft)かであり、米中2か国への集中が目立っています。

この中で、デジタル技術は国家間のパワーゲームや安全保障とも強く関わるようになっています。デジタル技術の中に、量子暗号やAI、サイバーセキュリティなど、安全保障と直接関係するものが多いことはもちろんですが、同時に、米中を含む各国は、より広い意味でのデジタル技術が先行きの経済的パワーを大きく左右することを意識し、これを、経済安全保障を含む国家戦略の一環として捉えるようになっています。

このような傾向は既に、国際課税や独占禁止法の適用、知的財産権の取り扱い、いわゆる「データ・ローカライゼーション」(各国民のデータを保管するサーバー等を各国内に置くよう求める規制)など、さまざまな面に表れてきています。この中で、これまで「オープン」を旗印としてきたITやデジタル技術について、「経済安全保障」などを旗印とした国による「囲い込み」や「流出防止」「輸出管理強化」などの動きがどの程度強まるのかが、今年の注目点といえます。

脱炭素化とデジタル化

もう一つの大きな変化は、主要国が軒並み、先行きの脱炭素化・カーボンニュートラル実現にコミットするようになったことです。

脱炭素化に関しては、現状では具体策よりも前に、「地球のために脱炭素化がとにかく重要」といった掛け声や、脱炭素化に向けた巨額の投資需要への期待が先行している感があります。しかし今後は、具体的にどうすれば脱炭素化を実現できるのか、また、そのためのコストを経済社会全体としてどう負担していくのかが、ますます問われることになります。

脱炭素化は、少なくとも今後30年間、世界の主要アジェンダであり続けることになりますが、言うまでもなく、脱炭素化にはコストがかかります(仮にグリーンエネルギーが化石燃料よりも低コストであれば、脱炭素化は特に施策を講じなくても自由経済の下で達成できることになります)。この中で、地球の持続可能性のために必要な資源配分を自由経済メカニズムの下では実現できないとなると、議論はどうしても統制経済化に向かいやすくなります。これは、脱炭素化の代償として経済の活力を失わせてしまうリスクがあります。

自由経済のダイナミズムを活かしながら脱炭素化を実現していく上では、やはりデジタル技術の活用は不可欠です。例えば、企業や個人が経済活動を行っていく過程で、自動的に温室効果ガスの排出量をトラッキングしたり、これを減らす方向に人々や企業の行動を誘導してくれる仕組みなどが重要となります。このように、本年、脱炭素化に向けたデジタル技術の活用がどの程度進むのかが注目されますし、これは脱炭素化自体の成否を左右するでしょう。

インフレ圧力とデジタル化

さらに、昨年以降、各国の大規模な財政出動やコロナ禍からのペントアップ(繰り越し)需要、さらには一部での供給制約の発生などを背景に世界的にインフレ圧力の上昇が目立っています。このようなインフレ動向は、デジタル化の下でもインフレは起こり得ることを再確認させた点でも興味深いといえます。

この中で、米国の連邦準備制度や英国のイングランド銀行などいくつかの主要中央銀行は、これまでの大規模な金融緩和を軌道修正する動きをみせています。

先行きの金利引上げ見通しを示す米国連邦準備制度の「ドットチャート」出所:米国連邦準備制度理事会

大規模な金融緩和環境の下では、運用難からさまざまな資産、例えば不動産やアート、高級ワインなどに資金が向かいがちですが、「デジタルベンチャー」もその一つとなりやすかった面は否めません。米国において、金融緩和期に新興企業の多いナスダック指数が大きく上昇し、一方で、今月に入り米国の金融政策の修正が報じられた際には同指数が大きく下落した事実も、このことを示唆しています。

このように金融政策の方向に変化がみられる中、本年13日、医療ベンチャー企業セラノス社のCEOが詐欺罪で有罪評決を受けたことは、象徴的な出来事であるようにも感じます。現在大きな注目を集めているこの事件は、セラノス社が「血液一滴でさまざまな病気がわかる革新的な新技術」と宣伝して投資家から資金を集めた、その技術自体が実は虚構であったというものです。

もちろん、多くのベンチャー企業は真摯に先端技術の開発と応用に取り組んでいる訳ですが、金融市場に「AI」「バイオ」「宇宙」などのキャッチーな言葉が飛び交ってきた中、金融環境の変化とともに、本年はその技術の内容が、より真剣に問われていくだろうと感じます。

以上のように、本年のデジタル化にとっては、①米中問題が世界的なデジタル技術の「囲い込み」につながっていくのかどうか、②脱炭素化の具体的な対応がどのように進み、この中でデジタル技術がどう活用されるか、③デジタル技術の精査や選択の動きがどの程度進むのか、が注目点となるように思います。

 

連載第68回「デジタル化とインフレ」(119日掲載予定)

■ヒューモニー特別連載3 ポストコロナのIT・未来予想図

写真/ 山岡浩巳
レイアウト/本間デザイン事務所

筆者

山岡浩巳(やまおか・ひろみ)

フューチャー株式会社取締役
フューチャー経済・金融研究所長

1986年東京大学法学部卒。1990年カリフォルニア大学バークレー校法律学大学院卒(LL.M)。米国ニューヨーク州弁護士。
国際通貨基金日本理事代理(2007年)、バーゼル銀行監督委員会委員(2012年)、日本銀行金融市場局長(2013年)、同・決済機構局長(2015年)などを経て現職。この間、国際決済銀行・市場委員会委員、同・決済市場インフラ委員会委員、東京都・国際金融都市東京のあり方懇談会委員、同「Society5.0」社会実装モデルのあり方検討会委員などを歴任。主要著書は「国際金融都市・東京」(小池百合子氏らと共著)、「情報技術革新・データ革命と中央銀行デジタル通貨」(柳川範之氏と共著)、「金融の未来」、「デジタル化する世界と金融」(中曽宏氏らと共著)など。