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ポストコロナのIT・未来予想図

ヒューモニー特別連載3

第37回 現実路線にシフトするディエム

2021年05月26日 掲載

筆者 山岡浩巳(やまおか・ひろみ)  

フェイスブックが主導する形で2019年6月に計画が公表された「リブラ」は、その後「ディエム」へと名称を変更し、現実路線に大きく舵を切っている。元日銀局長の山岡浩巳氏が解説する。

フェイスブックが主導するデジタル通貨「ディエム」(旧名称「リブラ」)はこの5月、いくつかの方針変更を表明しました。これは、もともとは「グローバルなデジタル通貨」となることを目指した「リブラ」が、「ディエム」として現実路線への転換を図る動きを象徴するものと言えます。

「グローバル・ステーブルコイン」への強い警戒

フェイスブックが主導し、20196月に計画が公表されたデジタル通貨「リブラ」は、「世界中の人々が国際送金などに使えるグローバルなデジタル通貨」を目指していました。このためリブラは、特定の通貨を裏付けとするのではなく、米ドル、ユーロ、ポンドなど複数の通貨建ての安全資産を100%裏付けとする計画でした。

©︎Diem Association

しかし、この「複数の通貨建ての資産を裏付けにする」という設計は、各国当局の強い警戒を招くことになりました。フェイスブックは全世界に20億人を超えるユーザーを抱えており、その20億人が使うアプリでリブラを使えるようになれば、各国のコントロールが及ばない通貨になりかねないからです。各国当局はリブラのようなデジタル通貨を「グローバル・ステーブルコイン」と呼称し、注意深く対応していくと表明しました。

とりわけ、米国議会の反発は強いものでした。その理由は、米ドル建て裏付け資産の比率が「半分」とされていたことです。世界の為替取引の9割近く、外貨準備の約6割を占める米ドルは、米国当局にとってみれば圧倒的な基軸通貨です。このため「半分」というのは、米国議会の心情的には米ドルの地位低下に映ります。また、リブラを発行する「リブラ協会」が、本拠を米国ではなくスイスに置き、スイスの当局(FINMA)の規制監督に服する予定であると表明したことも、米国当局の規制監督を逃れる趣旨ではないかと警戒を招きました。

主要通貨のシェア(%)注1:外為取引はBIS調べ。2019年4月。合計値は200%。
注2:外貨準備はIMF調べ。2020年末。合計値は100%。

「米ドル建て」の発行、そして「ディエム」へ

米国議会の批判を受ける中でも、フェイスブックのザッカーバーグCEOは、米国がデジタル決済の分野をリードする努力を怠れば、他の国が主導権を握るだろうと主張し、なおリブラ発行への強い意欲を示しました。その一方で、いくつかの重要な方針変更も行ってきました。

まず、20204月、米ドルなど単独通貨建ての安全資産を100%裏付けとするリブラも発行していくとの路線変更を打ち出しました。これは、リブラが当初掲げていた「グローバル」の旗を実質的に後退させる大きな変更といえます。そうなると、米国当局の目から見て、「米ドル建てリブラ」は、他の米ドル建てのデジタル決済手段、例えばPayPalVenmoなどに、かなり近づくことになります。もちろん、「複数通貨建てリブラの発行」の選択肢を無くした訳ではありませんが、事実上、米ドル建てのリブラがあるならば、複数通貨建てのリブラへの需要はかなり限定的となるでしょう。

また、同年12月、リブラは「ディエム」へと名称も変更することを発行しました。もともと「リブラ」は「天秤」を表すローマ帝国の通貨単位であり、名称自体が「グローバルなデジタル通貨にしていく」というフェイスブックの強い意欲を示すものでした。この名称の変更は、「グローバル」の旗を後退させる象徴的な出来事でした。

©︎Diem Association

ディエム協会、米国へ

そして、本年の512日、ディエムの発行母体となる予定のディエム協会(旧名称:リブラ協会)は、拠点をスイスから米国に移すことを公表しました。ディエム協会はその理由について、戦略上まず米国を重視するからと述べていますが、これは事実上、ディエム協会が米国当局の規制監督を受けるとの意向を表明していることになり、米国当局にとっては、さらに懸念材料が減ったことになります。

さらに、ディエム協会傘下の「ディエムネットワークUS」は、1988年に設立された米国カリフォルニアの新興銀行である「シルバーゲート銀行」と提携することを発表し、同銀行が「米ドル建てディエム」の発行主体となる予定だとアナウンスしました。シルバーゲート銀行は、米ドル建てディエムの裏付け資産(米国の短期国債など)を一元的に管理する役割を担うことが想定されています。シルバーゲート銀行は連邦準備制度に加盟するカリフォルニアの州法銀行ですので、ディエムにも事実上、米国の銀行規制が及ぶことになるわけです。

米国では既に、米ドル建て資産を裏付けとする”USDC“などの暗号資産も発行されており、今回公表されたスキームを前提とすれば、当局として米ドル建てディエムの発行を強く止めるロジックは見出しにくくなっているように思えますし、それがディエム協会の方針変更の理由でもあるのでしょう。

もっとも、フェイスブックの20億人を超えるユーザーの存在は、既存の銀行にとっては引き続き脅威です。したがって今後は、裏付け資産や規制監督の問題に代わり、ディエムの決済ネットワークとしての安定性やセキュリティ、マネーロンダリング対策などが、議論の中心となっていくものと予想されます。

なお、ディエム協会は「仮に中央銀行デジタル通貨が発行されることになれば、それと連携していくことも展望する」と述べています。アジアでは中国がデジタル人民元の実証実験を急ピッチで進める中、フェイスブックが主導するディエム協会は、結果的にはスイスから米国に移り、当面は米ドル建てのデジタル決済インフラ構築に取り組む形となったことで、この分野でのイノベーション競争が加速する形になったことには、注目しておくべきだと思います。

 

連載第38回「米国とデジタルマネー ~FRBパウエル議長のメッセージ」(62日掲載予定)

■ヒューモニー特別連載3 ポストコロナのIT・未来予想図

写真/ 山岡浩巳
レイアウト/本間デザイン事務所

筆者

山岡浩巳(やまおか・ひろみ)

フューチャー株式会社取締役
フューチャー経済・金融研究所長

1986年東京大学法学部卒。1990年カリフォルニア大学バークレー校法律学大学院卒(LL.M)。米国ニューヨーク州弁護士。
国際通貨基金日本理事代理(2007年)、バーゼル銀行監督委員会委員(2012年)、日本銀行金融市場局長(2013年)、同・決済機構局長(2015年)などを経て現職。この間、国際決済銀行・市場委員会委員、同・決済市場インフラ委員会委員、東京都・国際金融都市東京のあり方懇談会委員、同「Society5.0」社会実装モデルのあり方検討会委員などを歴任。主要著書は「国際金融都市・東京」(小池百合子氏らと共著)、「情報技術革新・データ革命と中央銀行デジタル通貨」(柳川範之氏と共著)、「金融の未来」、「デジタル化する世界と金融」(中曽宏氏らと共著)など。