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ポストコロナのIT・未来予想図

ヒューモニー特別連載3

第84回 デジタル技術が切り拓くコンテンツ産業の未来

2022年06月01日 掲載

筆者 山岡浩巳(やまおか・ひろみ)  

クリエイターとファンを直接つなぐことを可能にするデジタル新技術は、現在カルチャー分野が直面しているさまざまな課題を解決しうる。デジタル技術が切り拓くコンテンツ産業の未来の姿を、㈱ロイヤリティバンク取締役社長兼CTO五十嵐太清氏に訊く(後編)。

引き続き㈱ロイヤリティバンクの五十嵐太清社長にお話を伺います。前回は、ブロックチェーン(分散型台帳技術)がアート、音楽、漫画、アニメといったカルチャー/エンターテインメントの分野にどのように活かされているか、今後の可能性も含めて伺いました。今回は、カルチャー/エンターテインメント分野の直面している問題・課題を新たなデジタル技術がどのように克服し、未来を拓いていくかに目を向けてみたいと思います。

五十嵐太清(いがらし・たいせい)

2019年会津大学大学院卒。在学中にソラミツ株式会社にてHyperledger/Irohaの設計・開発、カンボジア国立銀行と共同でカンボジアのデジタル通貨の開発を行う。現在は、㈱ロイヤリティバンクにてブロックチェーンを用いた権利管理、印税分配を行うアーキテクチャの研究、開発を行っている。

 

山岡 インターネットが発達し、国境を越えてデジタル媒体が普及するようになった今、日本のソフトパワーがますます世界的に注目されています。たとえば、日本の漫画やアニメは世界中で熱狂的なファンが増えています。
半面、違法コピーの問題も深刻になっています。違法コピーでは、作品に対して正当な対価が支払われない――つまり、クリエイターにお金が届かないため、クリエイターが創造活動を続けていくことが難しくなります。また、ファン目線で見ても、国境を越えてクリエイターを応援したくても、違法コピーでしか作品に接することができないとなると大変不幸な状況といえるでしょう。新たなデジタル技術によってこの問題を克服できるのでしょうか?

五十嵐 偽物が横行する理由の一つには、これまでのインターネットでは自分が閲覧しているコンテンツが偽物なのか否かを判別できなかった点があげられます。これについては、ブロックチェーンを使ったNFTなどにより、正当な経路で入手したかどうかを判別できるようになりますので、それが違法コピーを駆逐する大きな力になるのではないかと思っています。
もうひとつの可能性として注目しているのは、ブロックチェーン技術を用いてゲームやアプリで展開されている「play to earn(遊んで稼ぐ)」、「move to earn(動いて稼ぐ)」という概念です。たとえば、正規のルートで提供される漫画を読んだらトークンが貰えるというインセンティブ設計ができれば、違法コピーを無料で読むことは自然に淘汰されるのではないかと期待しています。コンシューマーがコンテンツを正しく広める行為に対してリワード(報酬)を与えることで、クリエイターのみならずファンも一緒に参加して文化を醸成する――そんな仕組みブロックチェーンやNFTといったデジタル技術で作ることができるのではないかと思っています。

山岡 その他に、カルチャー/エンターテインメント分野において乗り越えるべき課題にはどのようなものがあるとお考えですか?

五十嵐 音楽ではアーティストが大手レーベルと専属契約を結び、漫画では漫画家が大手出版社と契約を結ぶというのが業界の慣行になっていますが、これらの契約によってクリエイターが自分の創作物なのに自由にできないことがしばしば問題になっています。もちろんその契約には意味もあるのですが、クリエイターが生み出したコンテンツを自分で活用できないといったジレンマに陥っているのです。

山岡 今までは、大手レーベルや大手出版社と契約することが「売れる」ためにもっとも重要でした。レーベルや出版社が持っている販路を使って、広く売ってくれたからです。しかし、最初に結んだ包括的な契約に縛られて、クリエイターが身動きが取れないという弊害もあるわけですね。何か新しい創造をしていく上で、契約が障害になってしまう。一方で、今この時代はYouTubeをはじめさまざまなインターネット媒体を通じて、レーベルや出版社と契約しなくても創造物を世界に直接伝えることも可能になっています。

五十嵐 そのように伝え方が多様化している中で、既存の契約が、クリエイターがYouTubeなどの新しいチャネルに行くことの阻害要因になっているのかなと感じます。ですから、レーベルや出版社と契約を結ばずに、YouTubeなどで稼ぐというクリエイターが増えているわけで、今後もその流れは続いていくと思います。ただし、今は転換期で、新しいチャネルでは著作権が十分に保護されていないといった面があります。そこで、正規のコンテンツであることを認証するために、ブロックチェーン技術が必要になってくるのだろうと考えています。

山岡 クリエイターとファンが直接つながる――産業構造そのものの変化をブロックチェーンが支えてゆく可能性があるのですね。
それでは、ブロックチェーンやNFTによってクリエイターとファンが直接結びつき、しかもそこにDAO(分散型自立組織)を通じて自動的にファンの支援がクリエイターに届くといった世界が実現されていくとすると、カルチャー/エンターテインメントはどのようにう変わっていくと思われますか?

五十嵐 まず、クリエイターになることに関して敷居が低くなるでしょう。今はまだけっこう敷居が高いと思われていると感じますが、DAOなどによって、「自分ならこの曲にこういう関わり方ができる」といった感覚でちょっと関わってみようという人がどんどん増えるのではないかと思います。
そのようにクリエイターが増える結果、コンテンツの質・量もさらに充実していくのではないかと期待しています。より良いコンテンツが次々に生まれて、その権利がブロックチェーン技術に保証された状態で合法的に世界中に伝播していく――そんな未来が訪れるのではないかと思っています。

Royalty Bankホームページより(https://www.royaltybank.co.jp/

山岡 日本のコンテンツパワーは日本人のクリエイター気質に支えられていて、現に漫画家になりたい、アニメーターになりたい、音楽家になりたいといった若者が非常に多いと思うのですが、彼ら若者達にとってもデジタル技術が作る新しい世界は魅力的になりますね。
たとえば、クリエイターを目指す学生が、プロになる前から自分の作品をNFT化して世に問うことも可能ですよね。そこにファンがついて、世界に広がっていくかもしれない。そういった夢を早い段階から感じられるような仕組みができてくると、日本のコンテンツパワーはますます強くなっていくでしょう。
最後に、デジタル技術によって新しい世界・未来を実現していく上で、乗り越えなければならない課題があればお教えください。

五十嵐 ブロックチェーン、NFT、DAO、Web3といった新しい技術や概念が出てきていますが、まだまだ多くの方は躊躇や恐怖感を持たれているだろうと思います。たとえば、仮想通貨(暗号資産)に抱くのは、「詐欺」、「マネーロンダリング」、「取引所がハッキングされた危険なもの」などネガティブなイメージが多いかもしれません。しかし、技術はあくまで技術ですので、そういった恐怖感を少しずつ減らしてもらうような努力をしながら、新しい技術でカルチャー/エンターテインメント分野をより良い方向に進めていきたいと思っています。

山岡 ありがとうございました。
(4月28日対談 構成・文/鍋田吉郎)

 

連載第85回は615日掲載予定です。

■ヒューモニー特別連載3 ポストコロナのIT・未来予想図

写真/ 山岡浩巳
レイアウト/本間デザイン事務所

筆者

山岡浩巳(やまおか・ひろみ)

フューチャー株式会社取締役
フューチャー経済・金融研究所長

1986年東京大学法学部卒。1990年カリフォルニア大学バークレー校法律学大学院卒(LL.M)。米国ニューヨーク州弁護士。
国際通貨基金日本理事代理(2007年)、バーゼル銀行監督委員会委員(2012年)、日本銀行金融市場局長(2013年)、同・決済機構局長(2015年)などを経て現職。この間、国際決済銀行・市場委員会委員、同・決済市場インフラ委員会委員、東京都・国際金融都市東京のあり方懇談会委員、同「Society5.0」社会実装モデルのあり方検討会委員などを歴任。主要著書は「国際金融都市・東京」(小池百合子氏らと共著)、「情報技術革新・データ革命と中央銀行デジタル通貨」(柳川範之氏と共著)、「金融の未来」、「デジタル化する世界と金融」(中曽宏氏らと共著)など。