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ポストコロナのIT・未来予想図

ヒューモニー特別連載3

第64回 デジタル通貨フォーラムの進捗報告書

2021年12月08日 掲載

筆者 山岡浩巳(やまおか・ひろみ)  

民間企業や民間銀行、有識者などから構成される「デジタル通貨フォーラム」は11月、「進捗報告書」を公表した。座長を務める山岡浩巳氏が解説する。

経済のデジタル化に伴い、デジタルマネーに大きな関心が集まっています。

2009年に初めての暗号資産「ビットコイン」が登場し、並行して、中国の“BAT”や米国の“GAFA”に代表される「ビッグテック」と呼ばれる巨大テック企業が、一斉にデジタル決済の分野に参入しています(9参照)。さらに2019年には、GAFAの一画であるフェイスブック(現メタ)が主導するデジタル通貨リブラ(現ディエム)の計画が公表されました(15参照)。 こうした中、中央銀行自身が発行するデジタル通貨(中央銀行デジタル通貨)への関心も高まっています。バハマは昨年10月、中央銀行デジタル通貨である「サンドダラー」の発行を開始しました(21参照)。また中国は現在、「デジタル人民元」の試験発行を国内で行っており、来年2月の北京冬季オリンピックの会場でも試験的流通が予定されています(48参照)。

なぜ今デジタルマネー?

では、デジタルマネーに関心が集まっている背景は何なのでしょうか。

まず、デジタル化に伴い、現金の取り扱いや保管、運搬などのコストが意識されやすくなっていることが挙げられます。また、スマートフォンの普及やブロックチェーン技術の登場などにより、技術的にも、現金に代わり得るデジタルマネーが実現可能に近づいていることも指摘できます。

さらに、デジタル化によって取引に伴う「誰が、いつ、どこで、何を買ったか」といったデータを活用できる余地が広がる中、基本的に「価値」の情報しか運ばない現金に代わり、デジタルマネーを使ってデータの利活用を進めたいとのニーズも強まっています。

加えて、デジタル時代にふさわしいビジネス環境やエコシステムを構築していく上で、支払決済手段をデジタル化し、これに新たな機能を持たせることへのニーズも強まっています。例えば、デジタルマネーにさまざまなプログラムを組み込めるようにする、すなわち「プログラマブル」にすることで、商品や部品の納入に伴い自動的に支払いが行われるようにすることなどが考えられます。

これについては、デジタルマネーの分野で、最近特に注目を集めています。例えば、新しいデジタル資産として注目を集めているNFTNon-Fungible Token)やSTSecurity Token)でも、プログラマブルなデジタルマネーを使って取引を行うことで、取引を飛躍的に効率化し、リスクを削減できる可能性が注目されています。海外のデジタル通貨プロジェクトでも、このようなユースケースに照らしたさまざまな取り組みが行われています。

デジタル通貨フォーラム

20206月に、民間企業や銀行などをメンバーとして発足した「デジタル通貨勉強会」は、望ましいデジタルマネーのあり方について検討を重ねてきました。そのうえで、高い相互運用性やイノベーションの促進、多様なニーズに応える「プログラマビリティ」など、広範なニーズを満たすデジタルマネーの姿として導き出したのが、「円建ての、民間により発行される、『共通領域』と『付加領域』という二層構造を持つデジタル通貨」です。すなわち「〇円」といった情報を、デジタル通貨が共通して持つ領域に書き込むことで互いに交換可能にするとともに、さまざまなニーズに応じたプログラムを「付加領域」に書き込めるようにするものです。

この検討成果を昨年の11月に報告書として公表した後、デジタル通貨勉強会は多数の新メンバーを加え、「デジタル通貨フォーラム」へと発展的に改組しました。フォーラムには現在、70を超える企業や金融機関、自治体などが参加しており、座長は、デジタル通貨勉強会に引き続き、筆者が務めています。

デジタル通貨フォーラムでは、上述のような「二層型デジタル通貨」(仮称DCJPY)が、経済社会が直面するさまざまな課題の克服に貢献できるよう、さまざまな「ユースケース」を想定し、検討を行っています。今後、概念実証(PoC)など、実用化に向けた取り組みを進めていく予定です。

課題の克服に向けて

デジタル決済手段については、日本でも既に多くのものが登場しています。デジタル通貨フォーラムの取り組みは、単に新しいデジタル決済手段をもう一つ作ることではありません。デジタル通貨を通じて、経済やビジネスが抱えているさまざまな課題を克服し、実務の見直しも含め、デジタル化社会に即したエコシステムの構築を目指しています。

現在、世界は、デジタル資産など新たな市場の振興や脱炭素化、地域活性化など、さまざまな課題に直面しています。こうした中、デジタル通貨フォーラムは先月(11月)、これまでの取り組みの概要を示した「進捗報告書」(プログレスレポート)と、デジタル通貨の概要を示した「ホワイトペーパー」を公表しました。以下、取り組みの一部を簡単にご紹介したいと思います。

デジタル通貨フォーラム プログレスレポート
https://about.decurret.com/ .assets/ forum _20211124pr.pdf
“DCJPY”(仮称)ホワイトペーパー
https://about.decurret.com/ .assets/ forum _20211124wp.pdf

脱炭素化とクリーンエネルギー取引

まず、脱炭素化が世界の主要アジェンダとなっている現在、企業には、クリーンなエネルギーを使ってモノやサービスを生産していることを外部に効率的に示すことが求められています。これに対して、電力取引に用いるデジタル通貨の付加領域にプログラムを書き込むことでクリーンなエネルギーを選んで購入し、また、その記録を自らがカーボンニュートラルと整合的な企業活動を行っていることの証明に使えるようにし、資金調達などに役立てるようにする試みが行われています。

出典:デジタル通貨フォーラム プログレスレポート

地域経済の振興

地域経済の振興も、現在の重要な課題となっています。これについては、地域における消費や経済活動の活性化、地域のつながりの強化、民間と行政との連携の強化などのためにデジタル通貨を活用する取り組みも進められています。例えば、ネットショッピングも含めた地域の特産品の消費促進や、地域に貢献する活動への対価としてのデジタル通貨の供与などが検討されています。

出典:デジタル通貨フォーラム プログレスレポート

重要なのはエコシステムの構築

デジタル決済の取り組みとは、単に紙の現金をキャッシュレスにすることではありません。経済社会が抱えている課題を一つ一つ拾い出し、これらをデジタル技術を通じてどう解決できるのか、具体的に考えていく必要があります。もちろん、そのためには技術だけでなく、実務や慣行、時には制度なども柔軟に見直していく必要があるでしょうし、産業横断的に進めていくことも求められます。デジタル通貨フォーラムは今後とも、このような取り組みを積極的に進めていく考えです。

 

連載第65回「ナイジェリアのデジタルマネー」(1215日掲載予定)

■ヒューモニー特別連載3 ポストコロナのIT・未来予想図

写真/ 山岡浩巳
レイアウト/本間デザイン事務所

筆者

山岡浩巳(やまおか・ひろみ)

フューチャー株式会社取締役
フューチャー経済・金融研究所長

1986年東京大学法学部卒。1990年カリフォルニア大学バークレー校法律学大学院卒(LL.M)。米国ニューヨーク州弁護士。
国際通貨基金日本理事代理(2007年)、バーゼル銀行監督委員会委員(2012年)、日本銀行金融市場局長(2013年)、同・決済機構局長(2015年)などを経て現職。この間、国際決済銀行・市場委員会委員、同・決済市場インフラ委員会委員、東京都・国際金融都市東京のあり方懇談会委員、同「Society5.0」社会実装モデルのあり方検討会委員などを歴任。主要著書は「国際金融都市・東京」(小池百合子氏らと共著)、「情報技術革新・データ革命と中央銀行デジタル通貨」(柳川範之氏と共著)、「金融の未来」、「デジタル化する世界と金融」(中曽宏氏らと共著)など。