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ポストコロナのIT・未来予想図

ヒューモニー特別連載3

第85回 経済制裁の効果検証

2022年06月15日 掲載

筆者 山岡浩巳(やまおか・ひろみ)  

ロシアのウクライナ侵攻が世界の注目を集め続け、経済制裁の長期化が予想される中、その効果や影響を正確に把握することがますます重要となっている。長らく経済分析に従事してきた元日銀局長の山岡浩巳氏が解説する。

今回もデジタルの問題を少し離れ、世界の関心の高いロシアの問題を取り上げたいと思います。

悲惨なウクライナでの戦争を早急に終わらせるには、他国に侵入し武力で人々を攻撃する愚行の非をロシア側が認め、自主的に撤退することが望まれます。しかし、これが当面現実的でないとすれば、経済制裁を通じて侵略が経済的にも「高くつく」ことをロシア側に認識させ、撤退に導くことを考えざるを得ません。そうなると、ロシアの経済状況を正確に把握することが、ますます重要となります。

ロシア経済制裁への耐性

ロシアは、輸出の約半分を原油および天然ガスに頼る資源国です。いわゆる「オランダ病」(Dutch Decease, 資源国において資源関連以外の産業が発達しにくくなる現象)により、高付加価値型産業の発達は総じて遅れ気味であり、近年の成長率は冴えません。とはいえ、化石燃料の輸出を主因に対外収支は黒字基調であり、財政も健全財政を維持してきています。経済制裁により海外からの資金調達の途が閉ざされても、もともと海外からの借り入れが少ないため、直接的なダメージは限定されます。さらに、エネルギーや食料の多くを自給で賄える国でもあります。

ロシアの中央銀行であるロシア連邦中央銀行(ロシア中銀)は、経済制裁開始後も率直な分析と情報発信を続けています。これをもとに、ロシア経済の現状を見ていきましょう。

インフレは一頃に比べ鎮静化したがなお高い

経済制裁が行われるとモノの供給が減りますので、通常であればインフレが進むことが予想されます。実際、2月にウクライナ侵攻が行われ、これに対する経済制裁がアナウンスされた直後、インフレ率は急激に上昇しました。この中で、ロシア中銀は政策金利を20%まで引き上げています。

しかし、その後インフレ率は、引き続き高めとはいえ、前年比の水準は徐々に低下しています。この中で、ロシア中銀はいったん急激に引き上げた政策金利を、6月には9.5%まで引き下げています。侵攻当初の段階では「何が起こるか分からない」というインフレ予想の高まりやこれに伴う「買い急ぎ」から物価が急速に上がりましたが、その後、生活に必要な物資の供給が続いていることやロシア中銀の迅速な政策対応を眺め、インフレ予想が鎮静化しているとみられます。とりわけロシア中銀は、ルーブルの下落に対してロシア中銀が迅速な対応を行ったことも寄与したと分析しています。

実際、3月には果物や野菜、砂糖や耐久財(PCやテレビ、洗濯機、スマートフォンなど)の価格上昇が目立ったのに対し、最近ではこれらの価格が元に戻りつつあることが、インフレ率の低下に寄与しています。

ただしロシア中銀は、インフレリスクはなお高いとして、警戒を呼び掛けています。ロシア中銀の2022年末時点のインフレ率予測はなお14~17%となっています。これは、中銀のインフレ目標値である4%をなお大きく上回っており、2023年もインフレ率が4%まで下がることはないと予想しています。

ロシアのインフレ率<消費者物価前年比、%>見通し
注:赤いドットが最新(6月時点)の予測。
出典:ロシア連邦中央銀行

成長率は2022年に大きく低下

ロシアの成長率見通しも、一頃に比べ改善しているとはいえ、本年中はかなりのマイナス成長となることが見込まれています。その背景としてロシア中銀は、対外取引のかなりの部分が遮断され、ボトルネックが生じていることを挙げています。ロシア中銀自身、経済制裁の影響を明確に認めているわけです。とりわけ影響が出ている産業として、これまで外国から輸入される部品などに依存してきた自動車製造業などが挙げられています。

また、ロシア中銀は、欧州との取引に多くを依存していた北西部の産業は制裁の影響を強く受けているのに対し、アジアとの取引のウエイトの高い産業では影響は相対的に小さいとも分析しています。これらは、経済制裁において世界が足並みを揃えることの難しさを示しています。

ロシアの経済成長率<GDP前年比、%>見通し
注:緑のドットが最新(6月時点)の予測。
出典:ロシア連邦中央銀行

この中で注目すべきは、輸出額の見通しです。これをみると、2022年中も、ロシアの輸出額の水準はさほど低くならず、コロナショック前の水準とほぼ同じか、やや上回る水準になると見通されていることです。また、本年4月時点と比べても、2022年の予測は上方修正されています。

ロシアの財・サービスの輸出額見通し<単位:10億ドル>
注:緑のドットが最新(6月時点)の予測。
出典:ロシア連邦中央銀行

経済制裁に必要な「効果の検証」

これらを見ても、経済制裁の効果や影響を客観的に検証していく作業は重要です。

ウクライナ侵攻直後、「国際送金網であるSWIFTからのロシアの銀行の排除」がクローズアップされました。しかし、このような金融サイドからの手法は本来、主要な対応への国際的合意が直ちには難しい中で採られる補完的な措置と捉えられるべきです。このような制裁を迂回することは不可能ではないし、中長期的には、制裁対象国に独自のインフラ構築へのインセンティブを与えてしまうからです。

この間、化石燃料の禁輸措置は、足並みが揃えば有効な手段となり得ますが、禁輸措置は対象となる化石燃料の国際価格を上げてしまう面があります。輸入国は別の国から化石燃料を多めに買おうとするからです。このような価格上昇は、化石燃料の消費国から生産国への「所得移転」を意味します。したがって、禁輸措置の足並みが揃わないと、むしろ制裁対象国に有利に働きかねません。実際、最近、ロシアの化石燃料収入がむしろ増えているとの報道もみられます。

経済制裁においては、データに基づく効果の客観的な検証を行いながら、真に有効な方策を考えていくことが重要です。化石燃料の禁輸措置について言えば、並行して燃料消費の節約や化石燃料の他への代替を積極的に進め、化石燃料への需要全体を抑制する取り組みが求められます。

 

連載第86回「デジタルマネーに取り組むブラジル」(6月29日掲載予定)

 

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写真/ 山岡浩巳
レイアウト/本間デザイン事務所

筆者

山岡浩巳(やまおか・ひろみ)

フューチャー株式会社取締役
フューチャー経済・金融研究所長

1986年東京大学法学部卒。1990年カリフォルニア大学バークレー校法律学大学院卒(LL.M)。米国ニューヨーク州弁護士。
国際通貨基金日本理事代理(2007年)、バーゼル銀行監督委員会委員(2012年)、日本銀行金融市場局長(2013年)、同・決済機構局長(2015年)などを経て現職。この間、国際決済銀行・市場委員会委員、同・決済市場インフラ委員会委員、東京都・国際金融都市東京のあり方懇談会委員、同「Society5.0」社会実装モデルのあり方検討会委員などを歴任。主要著書は「国際金融都市・東京」(小池百合子氏らと共著)、「情報技術革新・データ革命と中央銀行デジタル通貨」(柳川範之氏と共著)、「金融の未来」、「デジタル化する世界と金融」(中曽宏氏らと共著)など。