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ポストコロナのIT・未来予想図

ヒューモニー特別連載3

第78回 ロシアの金融政策は何をしているのか

2022年03月30日 掲載

筆者 山岡浩巳(やまおか・ひろみ)  

ロシアへの経済制裁が行われる中、ロシア中央銀行の金融市場対応が注目されている。元日銀金融市場局長として市場調節に関わってきた山岡浩巳氏が解説する。

ウクライナ侵攻に伴う国際社会のロシアへの経済制裁は、外貨準備の凍結(2月28日以降)やSWIFT(国際銀行間通信協会)からのロシア7銀行の除外など、金融面の措置がかなりの部分を占めています。また、これらが狙う効果も、通貨ルーブルやロシア国債の格下げ、資金調達の困難化、インフレ高進などであり、ロシアの中央銀行に関連する部分が多くなっています。そこで本稿では、経済制裁の中でロシアの中央銀行がどのようなことをしているのか、見ていきたいと思います。

 G20プロセス」とロシア

ロシアの中央銀行であるロシア連邦中央銀行(Central Bank of the Russian Federation、以下「ロシア銀行」と略)は、1860年に設立された国立銀行を前身としています。その後同行はソ連国立銀行(State Bank of the USSR)となり、さらにソ連崩壊後の1995年に正式に現在の名称となりました。

2008年、初めての「G20サミット」が行われるとともに、国際的な政策議論の枠組みがG20中心へと大きく変わりました。各国際機関は、「G20から指示を受け、検討の結果をG20に報告する」という「G20プロセス」を意識した運営を行うようになりました。これを受け、さまざまな国際機関が、G20加盟国を新たにメンバーに加える動きが進みました。

金融分野でも、バーゼル銀行監督委員会や金融安定化フォーラム(後に金融安定理事会に改称)など、主要な国際機関が軒並み、ロシアを含むG20加盟国をメンバーに加えるようになりました。

ロシアの国際機関への参加

2009年3月 ロシアが、アルゼンチン、ブラジル、中国、インド、インドネシア、韓国、ロシア、サウジアラビア、南アフリカ共和国、トルコ、スペインと共に金融安定化フォーラム(現金融安定理事会)に参加
2009年3月 ロシアが、豪州、ブラジル、中国、韓国、メキシコ、ロシアと共にバーゼル銀行監督委員会に参加
2009年7月 ロシアが、豪州、ブラジル、中国、韓国、インド、メキシコ、サウジアラビア、南アフリカ共和国と共に国際決済銀行支払決済システム委員会(現決済市場インフラ委員会)に参加

 

この当時、既にロシアは「G8サミット」にも招待されているほどであり、それぞれの国際機関においても、ロシアを加えることへの反対は殆どなかったと記憶しています。その後私もさまざまな場でロシア銀行職員と働きましたが、どなたも国際的な議論に加わることを喜び、精力的に参画していた姿を思い出します。

2008年G8洞爺湖サミット

そしてロシア銀行も、先進国の中央銀行に引けを取らない中央銀行となるべく、透明性の向上に努めてきました。意外かもしれませんが、例えば外国為替市場への介入については、速やかに日々の介入額のデータが公表されるなど、世界でも最も情報公開が進んでいる中央銀行になっています。

ロシア銀行のウェブサイトより

ロシア銀行の制裁への対応

今回の制裁によりルーブルの下落圧力およびロシア国内のインフレ圧力が高まったことへの対応として、ロシア中央銀行は2月28日に政策金利をそれまでの9.5%から20%へと大幅に引き上げました。

ロシアの政策金利とルーブル相場

ロシアのインフレ率目標値は現在4%に設定されていますが、既に2月のインフレ率は9.2%に達していましたので、金利の引き上げ自体は当然の政策対応といえますが、それでも一気に10%ポイント以上の引き上げを断行したことは、ロシア銀行の危機感を表しています。

さらに、ロシア銀行は証券取引所の開閉を決める権限も持っています。この権限の下、ロシア銀行は2月28日より、モスクワ取引所における、短期金融取引および外国為替取引以外の取引(株式やデリバティブの取引など)を停止しました。

3月21日からロシア国債の市場取引は再開されましたが、同時にロシア銀行は、ロシア国債の価格安定のために自ら国債を買うこともアナウンスしています。なお、ロシア銀行は、購入した国債は市場安定化後に売却するとも言っています。また、3月24日には、株式についても部分的に取引が再開されています。この間、ロシア銀行は人々のこれからの1年間のインフレ予想が18.3%に上昇していることなども紹介しています。

ロシア銀行は3月18日の定例記者会見の中で、経済や政策の状況をかなり率直に語っています。例えば、金融システム安定化のため、銀行部門に対し、ピーク時には10兆ルーブルに上る大量の流動性供給を行ったこと、2月末にはかなりの預金引き出しが行われたこと、インフレの高まりや制裁の中、人々は家電製品や自動車、家具などの買い急ぎに走ったこと、さらに、生鮮以外の食品、例えばシリアルや小麦粉、パスタ、砂糖などにも買い急ぎの動きがみられたことなどです。そのうえでロシア銀行は、人為的な価格規制は避けたいとの意向も表明しています。

今後の注目点

今後のロシアの政策を占う上で一つの注目点となるのは、ロシア銀行による国債の購入です。ロシア銀行は、国債の購入はあくまで市場再開時の混乱を避けるためであり、市場が安定化すれば売却すると説明しています。しかし、国債は中央銀行がいったん買い始めてしまうと、短期的には政府のファイナンスが楽になるために、売ることがなかなか難しくなりやすい資産です。ましてやロシア国債は多くの格付機関から大幅に格下げされています。この中で、ロシア銀行が本当に国債の購入を止め、さらに売ることができるのか、それともズルズルと買い続けざるを得なくなるのかが、ロシアの状況を判断する上での一つの材料となるでしょう。

私は、「今度僕の国でサッカーのワールドカップをやるんだ」と、国際会議にワールドカップの記念紙幣を持ってきて嬉しそうに配ってくれたロシア銀行の同僚の顔を昨日のように思い出します。ロシア銀行の情報開示をみる限り、彼らは今も中央銀行としての矜持を頑張って維持しているようにも思えます。逆に言えば、今後ロシア銀行の情報開示まで制約され透明性が低下することがあれば、本当に言論統制や専制国家化が進んだしるしかもしれません。この点も是非注目したいと思います。

連載第79回「デジタル時代の経済制裁」(4月6日掲載予定)

■ヒューモニー特別連載3 ポストコロナのIT・未来予想図

写真/ 山岡浩巳
レイアウト/本間デザイン事務所

筆者

山岡浩巳(やまおか・ひろみ)

フューチャー株式会社取締役
フューチャー経済・金融研究所長

1986年東京大学法学部卒。1990年カリフォルニア大学バークレー校法律学大学院卒(LL.M)。米国ニューヨーク州弁護士。
国際通貨基金日本理事代理(2007年)、バーゼル銀行監督委員会委員(2012年)、日本銀行金融市場局長(2013年)、同・決済機構局長(2015年)などを経て現職。この間、国際決済銀行・市場委員会委員、同・決済市場インフラ委員会委員、東京都・国際金融都市東京のあり方懇談会委員、同「Society5.0」社会実装モデルのあり方検討会委員などを歴任。主要著書は「国際金融都市・東京」(小池百合子氏らと共著)、「情報技術革新・データ革命と中央銀行デジタル通貨」(柳川範之氏と共著)、「金融の未来」、「デジタル化する世界と金融」(中曽宏氏らと共著)など。