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ポストコロナのIT・未来予想図

ヒューモニー特別連載3

第73回 デジタル時代の国際金融都市構想

2022年02月23日 掲載

筆者 山岡浩巳(やまおか・ひろみ)  

東京の国際金融市場としての発展は日本が長年取り組んできた課題だが、デジタル時代の新たな要請とは何か。「『国際金融都市・東京』構想に関する有識者懇談会」メンバーである山岡浩巳氏が解説する。

(以下に述べる中で意見にわたる部分は筆者個人のものであり、東京都や「『国際金融都市・東京』構想に関する有識者懇談会」の公式見解ではありません。)

東京は従来から、ロンドンやニューヨークなどとともに世界の主要な金融市場の一つです。その一方で、東京を「国際金融市場」としてどう発展させるかは、長年にわたる政策課題でした。 例えば、英国は経済規模の点では今や超大国とは言い難いですが、首都ロンドンはグローバルな取引を吸引しながら、世界の国際金融市場であり続けてきました。これに対し、東京市場は日本という経済大国を背景とする「大きな国内市場」という色彩が強く、国際性の点ではロンドンなどに見劣りする面が多かったといえます。

世界の主要取引所の比較 <2018年>
― 東京市場は規模は大きいが、国内市場の色彩が強い ―出典:JETRO「アジア発スタートアップに開かれる、東証マザーズIPOへの道」(2020年)

市場間競争の激化

そして現在、東京市場の国際化に取り組むことの重要性は、一段と高まっています。

その一つの理由は、日本の経済プレゼンスの相対的な低下です。近年の出生数などの動向からみて、先行き労働人口の減少が続くことは避け難く、ここからみても、日本のGDPが世界に占めるウエイトは低下していくと予想されます。このことは、東京市場がその地位を維持していく上で、「国内経済の大きさ」に依存できなくなっていくことを意味します。この中で、金融市場として国内の資金需要を満たすだけでなく、国際社会に貢献する姿勢を示していくことが、市場のプレゼンス確保のためにますます重要になっています。

GDPの中期予測 <単位:10億ドル>出典:Cebr World Economic League Table 2022

国際的な市場間競争も激化しています。ロンドン、ニューヨーク、シンガポール、香港などに加え、中国の急速な経済成長を背景に上海や北京などのプレゼンスも高まっています。欧州でも、英国のEU離脱を契機に、フランクフルトやパリ、アムステルダム、ダブリンなどが地位向上を狙って積極的に取り組んでいます。

さらに、企業活動の国際化と金融取引のデジタル化も、市場間競争を激化させる方向に働いています。かつて企業にとっては、自国の株式市場への上場がほぼ唯一の選択肢でした。しかし今では各国の市場の投資家層や規制、自社のビジネス戦略などを勘案しながら、どの市場に上場すべきかを考えるようになっています。

デジタル時代の国際金融市場

また、デジタル化の時代において、金融市場の国際化を実現する上で、新たに考慮すべき点も増えています。

かつて金融市場を象徴する光景と言えば、魚市場や青果市場のように、証券取引所の大きなフロアで声や手を使って株式を売買する「場立ち」やディーリングルームでの「電話」でした。しかし、金融取引の電子化が進むとともに場立ちもなくなるなど、今や、広いフロアやディーリングルームは金融市場の必要条件ではありません。一方で、通信環境や情報の集積度、生活環境などの重要性が、ますます高まっています。

さらに、世界的にSDGsやESG、カーボンニュートラルへの関心が高まる中、金融面でもグリーンボンドやサステナビリティボンドなどの発行量が急速に増えるなど、「グリーン金融」のウエイトが増しています。この中で、例えばルクセンブルグは、グリーン金融取引の誘致に精力的に取り組んでいます。今や国際金融センターには、世界の持続可能性など、経済的・社会的課題の解決への貢献が求められるようになっています。

グリーンボンドの年間発行額出典 Tokyo Green Finance Initiative報告書(2021年)

「グリーン」と「デジタル」

このような情勢の変化を踏まえ、東京都は2021年6月に、グリーン金融市場の発展に向けた“Tokyo Green Finance Initiative(TGFI)”を作成しました。そして、この検討成果を活かす形で、同年11月、2017年に既に策定されていた「『国際金融都市・東京』構想」を、「グリーン」と「デジタル」を基軸に改定する形で、「『国際金融都市・東京』構想2.0」を策定しました。

https://www. seisakukikaku. metro. tokyo. lg. jp/ news/ gfct/ tokyo-green-finance-initiativetgfi. html
https://www. seisakukikaku. metro. tokyo. lg. jp/ pgs/ 2021/ 10/ images/ kousou2. pdf

大都市である東京は、大学などの教育・研究機関や文化、芸術、グルメなどが集結し、世界の都市の中では治安も比較的良好です。鉄道や空港などの交通網も発達し、頑健な決済インフラも有しています。さらに、5Gなど通信インフラの整備にも積極的に取り組んでいます。これらの要素は、「グリーン」や「デジタル」などの要請に応え得る国際金融市場を作っていく上でも、大きな力になるものです。

それでもなお、世界的な競争激化の中、市場のプレゼンスを高めていくことは簡単ではありません。例えば、税制や規制の問題は、国全体としての制度の整合性を踏まえて考えていく必要があり、市場振興の観点だけで決められるものではありません。それでも、税務・規制当局の尽力もあり、最近、かなり取り組みが進捗したものもありますし、前述の通り東京には魅力的な条件が数多く備わっていますが、これらを海外に十分に理解してもらわなければなりません。ロンドン、ニューヨーク、シンガポール、香港と、世界の主要金融市場の多くが英語を公用語としている中、東京が自らの魅力を訴えていくには、これらの市場を上回る努力が必要となります。さらに「紙とハンコ」の文化からの脱却や行政当局への提出書類の英語許容など、実務レベルで解決すべき問題も山積しています。

持続可能性と自由経済の両立

とはいえ、東京をグリーンとデジタルを意識した国際金融市場として発展させていく取り組みは、金融に限らず多くの分野や人々に恩恵をもたらすものですし、そうでなければなりません。温暖化対策によって自然災害の件数や被害を減らせれば、その受益者は市民ですし、災害対応としての財政支出が抑えられれば納税者の負担が減ります。通信環境や生活環境の改善、例えば外国語表記の拡充などの取り組みは、海外出身の金融関係者だけでなく、広範な人々の生活全般の利便性を高めることになります。

より深遠な問題として、カーボンニュートラルや脱炭素化は、従来のリスクとリターンの判断を超えた「地球の持続可能性への寄与」など、飛躍的に多くの変数の評価が求められます。例えば、短期的にはこちらのエネルギーが安上がりでも、長期的な地球全体のコストを考えれば別のエネルギーを使った方が良いとか、この「環境に優しい」といった宣伝文句は科学的裏付けの不十分な「グリーンウォッシング」であるといった、複雑かつ高度な判断が必要となるわけです。

これらを自由主義経済の枠組みで実現することが難しいとなると、では脱炭素化を実現するには統制経済による資源配分しかないといった議論になりかねません。そうなると、今度は経済の活力が失われてしまいます。地球の持続可能性と自由経済のダイナミズムを両立させる上で、「さまざまな変数を判断しプライシングを行う」という金融の機能は不可欠です。さらに、中小企業も含めた日本の企業が持つ優れた環境対応技術などを見出し、これに世界の資金を引き付けていくことは、日本経済の今後のサステナブルな発展にも、また世界の脱炭素化にも寄与します。東京を国際金融センターとして発展させていく取り組みは、このような金融機能の発揮にとっても重要となります。

 

連載第74回「インドがデジタル通貨に取り組む意図」(3月2日掲載予定)

■ヒューモニー特別連載3 ポストコロナのIT・未来予想図

写真/ 山岡浩巳
レイアウト/本間デザイン事務所

筆者

山岡浩巳(やまおか・ひろみ)

フューチャー株式会社取締役
フューチャー経済・金融研究所長

1986年東京大学法学部卒。1990年カリフォルニア大学バークレー校法律学大学院卒(LL.M)。米国ニューヨーク州弁護士。
国際通貨基金日本理事代理(2007年)、バーゼル銀行監督委員会委員(2012年)、日本銀行金融市場局長(2013年)、同・決済機構局長(2015年)などを経て現職。この間、国際決済銀行・市場委員会委員、同・決済市場インフラ委員会委員、東京都・国際金融都市東京のあり方懇談会委員、同「Society5.0」社会実装モデルのあり方検討会委員などを歴任。主要著書は「国際金融都市・東京」(小池百合子氏らと共著)、「情報技術革新・データ革命と中央銀行デジタル通貨」(柳川範之氏と共著)、「金融の未来」、「デジタル化する世界と金融」(中曽宏氏らと共著)など。