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ポストコロナのIT・未来予想図

ヒューモニー特別連載3

第52回 IT時代のマネロン対応

2021年09月15日 掲載

筆者 山岡浩巳(やまおか・ひろみ)  

マネロン対策についてのFATFの報告書が公表されたが、そもそもマネロン規制はなぜグローバルに重要性を増してきたのか。元日銀局長の山岡浩巳氏が解説する。

 8月末、フランスに本拠を置く金融活動作業部会(FATF)は、日本のマネーローンダリング(マネロン)・テロ資金供与対策の現状を審査した「第4次対日相互審査報告書」を公表しました。

©️FATF

マネロン・テロ資金対策は、「反マネーローンダリング(Anti Money Laundering)」と「テロ資金供与防止Countering the Financing of Terrorism」の頭文字を取って、AML/CFTと呼ばれます。

FATFによる日本の評価

1989年に創設されたFATFの主な仕事は、マネロン・テロ資金供与対策の国際基準である「FATF勧告」を策定するとともに、各国によるFATF勧告の遵守状況を審査することにあります。今回公表された報告書は、FATF2019 10 月から11月に来日して行った審査などを踏まえて作成されたものです。

FATFの評価は、良い方から「通常フォローアップ国」、「重点フォローアップ国」、「観察対象国」の3段階に分けられますが、今回の報告書では、マネロン・テロ資金供与対策の取り組みに関し、日本は「重点フォローアップ国」と評価されています。この評価は、日本がマネロン・テロ供与資金対策の面でなお努力の余地があることを示しています。もっとも、FATFの審査対象となっている国々の中で、「重点フォローアップ国」は米国・中国など過半を占めており、日本の評価が目立って低いわけではないというのが、妥当な見方でしょう。

マネロン規制は金融デジタル化の副産物

これを受け、財務省も金融庁も、マネロン・テロ供与資金対策を重視し、しっかり取り組んでいく決意を表明していますが、本稿では、デジタル化社会の観点から、この問題を考えてみたいと思います。

FATF成立の前年である1988年、銀行規制の分野では、既に国際的な合意である「バーゼル合意」が成立していました。このことが示すように、マネロン規制は、金融規制の中ではかなり新しい領域です。

1968年に連載が始まった劇画「ゴルゴ13」には、「報酬は俺のスイス銀行の口座に振り込んでくれ」というお決まりのセリフがあります。国際送金からゴルゴ13のスナイパー活動が捕捉されることはないと考えられていた訳です。このように、かつては「お金に色は無い」と言われ、お金の流れから違法行為などを見抜く発想は殆どありませんでした。

その後、FATF設立とほぼ同時代の1987年に制作された映画「マルサの女」には、主人公がお札にマジックで印をつけて脱税を見抜くシーンがあります。これは、「お金の流れから背後の違法行為を見抜く」という、新しい時代の幕開けを象徴するものだったかもしれません。 その後のマネロン規制は、2001年の米国の同時多発テロ事件に加え、キャッシュレスやデジタル技術の発達、金融産業の構造変化などの中で拡大してきました。

キャッシュレス化とマネロン規制

かつての刑事ドラマの定番といえば、港の倉庫での麻薬取引、そして、重いジュラルミンケース入りの現金でした。このように、「匿名」である現金は、違法取引や脱税に使われやすい面もある訳ですが、現金の利用を規制しようという動きは広がりませんでした。これは、現金が重く、かさ張るため、高額の利用には自ずと制約がかかりやすかったことが指摘できます。海外のテロリスト支援のため、現金を航空便や船便で送ることは困難でしょう。

しかし、今やデジタル技術革新とともに、キャッシュレス化が世界中で進んでいます。キャッシュレス手段は支払いを大きく効率化する可能性を持っている訳ですが、このことは同時に、これまで現金の違法取引への利用に歯止めをかけていた「重さ」や「体積」といった物理的制約を取り払う面もあります。「便利で、速く、高額の支払いに使え、しかも現金同様の匿名性を兼ね備えたキャッシュレス手段」ができれば、それは違法な活動を行う人々にとっても夢の決済手段となり得るのです。したがって、キャッシュレス化は、同時にマネロン対応を要請しやすいといえます。

デジタル技術とマネロン規制

一方で、かつては、送金に伴う情報から、その背景にある取引の性質まで見抜くことは困難でした。しかし、今日では、AIやディプ・ラーニングなどの技術を活用しながら、ネットショッピングの履歴などに基づいて個々の顧客の属性を割り出し、広告に活用するなどのビジネスが大きく広がっています。

ネットショッピングやSNS関連のデータからユーザーの属性を割り出すことと、送金関連のデータから背景にある取引の性質を割り出すことは似ています。実際、今日のマネロン対応では、複雑な分析機能を組み込んだソフトウェアの利用が不可欠となっています。このように、技術革新に伴い、データを基に、これまでは難しかった精緻な分析ができるようになったことも、マネロン規制の発展に結び付いています。

金融構造の変化とマネロン規制

さらに、近年、金融サービス、とりわけ支払・決済分野への新規参入が増加していることも、マネロン規制の広がりの背景として指摘できます。

かつては、支払決済機能の担い手として、銀行が圧倒的なプレゼンスを占めていました。しかし今では、ノンバンクや一般事業法人が大挙してこの分野に参入しています。したがって、銀行規制の枠組みでは、支払決済サービスの全てをカバーできなくなり、「銀行」、「証券会社」といった「主体別」の規制とは別に、「機能別」の規制を考えなければならなくなっています。マネロン規制の拡大も、このような文脈で捉えることができます。

実際、今回FATFが公表した第4次対日相互審査でも、「指定非金融業者及び職業専門家(Designated Non-Financial Business and Professions,DNFBP)」に関する評価に多くの字数が割かれ、これらのマネロン対策が必ずしも十分でない旨指摘されています。

マネロン規制との長い付き合い

このように、マネロン規制の広がりは、キャッシュレスやデジタル技術革新、ノンバンクなどの金融サービスへの参入などと表裏の関係にあります。このため、マネロン規制の重要性は今後も、高まることはあっても低下することはないでしょう。

この中で、以下の点に留意していく必要があります。

まず、技術革新は、マネロンの手口をますます巧妙にしていく面もあります。これに伴い、マネロン対策や規制のコンプライアンスの負担も、放っておけばどんどん大きくなりがちです。そうなると、これらのコストを嫌って、送金業務、とりわけ国際送金業務から撤退してしまおうという機運も出やすくなります。しかし、マネロン規制によって、必要な送金までできなくなってしまっては意味がありません。

したがって、犯罪などへの必要な対応をしながら、金融機能も維持していくには、マネロン対応において、業界で協力できる部分はなるべく協力するとともに、デジタル技術を積極的に活用し、疑わしい取引の識別へのAIの活用や当局との情報共有などを通じて、マネロン対策や規制対応のコストを引き下げていく取り組みが重要となります。

また、「高額・瞬時の支払いに使え、かつ、現金同様の匿名性を備える」といった旗印を持つ支払手段が登場すれば、それは直ちに、マネロン規制の問題にも直面しやすいといえます。この観点からは例えば、本年話題を集めた、エルサルバドルによるビットコインの法定通貨化については、そのボラティリティ(価格変動率)の問題に加え、「マネロンや脱税、地下経済への対策はどうするのだろう」という点も気になるところです。

 

連載第53回「南米の新たなデジタル企業」(922日掲載予定)

■ヒューモニー特別連載3 ポストコロナのIT・未来予想図

写真/ 山岡浩巳
レイアウト/本間デザイン事務所

筆者

山岡浩巳(やまおか・ひろみ)

フューチャー株式会社取締役
フューチャー経済・金融研究所長

1986年東京大学法学部卒。1990年カリフォルニア大学バークレー校法律学大学院卒(LL.M)。米国ニューヨーク州弁護士。
国際通貨基金日本理事代理(2007年)、バーゼル銀行監督委員会委員(2012年)、日本銀行金融市場局長(2013年)、同・決済機構局長(2015年)などを経て現職。この間、国際決済銀行・市場委員会委員、同・決済市場インフラ委員会委員、東京都・国際金融都市東京のあり方懇談会委員、同「Society5.0」社会実装モデルのあり方検討会委員などを歴任。主要著書は「国際金融都市・東京」(小池百合子氏らと共著)、「情報技術革新・データ革命と中央銀行デジタル通貨」(柳川範之氏と共著)、「金融の未来」、「デジタル化する世界と金融」(中曽宏氏らと共著)など。